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Blog日記

四十九日鎮魂行脚1

きょうは3月11日からかぞえて四十九日です。あの日津波で亡くなられたかたの鎮魂のため、南三陸町を行脚してきました。参加したのは栗原市のお坊さんを中心に、小牛田から私、仙台市から教会の牧師さんも参加しました。総勢13名くらいだったと思います。

ちょっと早いかなと思いましたが、朝8時に自坊を出発しました。渡れない橋が2カ所あり、迂回するたびに不安が増していきます。柳津大橋を渡って津山町に入ると、モクモクランドの駐車場には自衛隊の車や支援物資を積んだトラックがものものしく並んでいます。駅でない所に電車がなにかの抜け殻のように止まっています。尋常じゃない雰囲気が窓外から伝わってきます。それでも激しく壊れている家はありません。集合場所である南三陸町の海蔵寺さんはどこだろうな?と徐行しながら車を走らせていると突然瓦礫の山が視界に入ってきました。なんだこれは!? 相当のショックを受けることを覚悟して行った私ですが、海蔵寺さんに入る道が分からず、沿岸部まで行ってしまった私は、突然現れた現実に足がガタガタと震え、涙がわーっと出てきました。

私は泣きたかったのだと思います。そして、みんなと合流するまえに車のなかで一人で泣けたのは良かった。

ゆっくりUターンして海蔵寺さんへ。ちょうどみなさん続々と集まってきたところでした。みんな墨染めの衣に手甲脚絆、絡子(らくす)、笠に鈴(りん)というお坊さんスタイルです。本堂の前でまず海蔵寺の副総代長さんから挨拶がありました(総代長は津波で死亡)。ここ南三陸町戸倉地区の7割が崩壊。高台にあった海蔵寺とその周辺地区が難を逃れたとのこと。

本堂の前で般若心経を唱え、午前10時ちょうどに出発。行脚中のお経は大悲心陀羅尼(だいひしんだらに)。10メートル間隔で縦一列になって進みます。山門を出、100メートルほど歩くと国道45号線です。右折して沿岸部へ。鈴(りん)の音を聞いて、おばあさんが孫と一緒に家から出てきて私たちに手を合わせます。来て良かった。さっきの突然瓦礫が現れた所が津波の最終地点。そこから海岸まで瓦礫瓦礫。クルマ、柱、電柱、看板、畳。木、箪笥、人形、服…、それらが折れ、まがり、ちぎれ、よじれ、汚れ、つぶれ、絡み合いながら瓦礫となっている。その瓦礫を自衛隊のかたがたが除けています。そのゆるやかな仕草から、片づけているのではなく、行方不明者をさがしているのだということが判りました。

汚れたセカンドバックとエルビス・プレスリーのシングル盤が段ボールに入って置かれているのが目に入りました。自衛隊のかたが、思い出の品や生活用品を瓦礫のなかから探し出し、段ボールに入れておいたのでしょう。私が見たのはアルバムなどの大事なものを持っていった残りだったかもしれません。でもセカンドバックにも所有者があり、エルビスのシングル盤にもそれを持っていた人の趣味があった。聴いて楽しんだ時間があった。それらが断絶している。断絶の山。

私は尋常にものを考えることが出来ず(だから頭を空っぽにして)、ただ「なむからたんの〜」と唱えながら、彼らに頭をさげ、道路を修復している工事関係者に頭をさげ、歩いていきました。目の前にウソのように美しい海がひろがっていました。

以下は明日に。

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