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Blog日記

あけましておめでとうございます

   映画「母と暮らせば」

 あけましておめでとうございます。
 年末に山田洋次監督の映画「母と暮らせば」を観てきました。
 昭和二十三年。吉永小百合演じる伸子のもとに、原爆で死んだはずの息子=浩二(二宮和也)がひょっこりと現れ(幽霊?)、母と浩二、浩二と恋人の空白の三年間を振り返る、という物語です。
 この映画の出だしで、長崎に原爆が落とされるシーンがあります。壮絶です。それを見て、私の頭に浮かんだのは、無着成恭先生の本、『山びこ学校』でした。先生は、子どもたちにこんな詩を見せます。
  一瞬に気体になって消えた数百人の人間が空中を歩いている
  死はぼくたちに来なかった
  一気に死を飛び越えて魂になった
  われわれにもういちど人間のほんとうの死を与えよ
 先生は子どもたちに聞きます。
「人間が気体になり消えるってあるかな? その前に、個体が気体になることは?」
 子どもが答えます。
「氷は百度で気体になります。鉄だって二四〇〇度になると液状になるし、もっと高温になると気化します」
「そうだね。溶けた鉄に人間が落ちたらプシューだ。では原子爆弾が爆発したときの中心温度は?」
「……」
 先生は子どもたちを見つめ、こう続けます。「五千万度〜一億度と言われています。人間はどうなるかな?」
「……」
「核爆発というのは宇宙次元の現象です。人間がやることではないのです」
 いい授業ですね。起きてからでは取り返しがつかないことになる。原爆も原発もいらない。そういう考えにおよぶきっかけを無着先生の問いは子どもたちに与えています。
 今年も良い本を読み、良い映画を観たいと思います
                      (玄松院副住職 正惠 拝)

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