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Blog日記

十年目の行脚

南三陸町を行脚してきました。
各所に建てられた慰霊碑の前で手をあわせました。
潮風に吹かれながら
真新しい防潮堤の上を歩きました。
志津川湾は、ただただ美しかった。

志津川で被災した人たちの多くは
7キロほど内陸側の横山仮設で暮らしていて
私たちはよく訪れました。
ひとりのおばあさんのことが忘れられません。
「ぜ〜んぶ流されですまいすたぁ」
そう嘆くおばあさんに
私は位牌を書いてあげました。
宗教者が傾聴する場所は「集会所」で、
基本的に「仮設住宅の中」に入ることはできません。
しかし、位牌を書いたら「ご芯入れ」をしなければなりません。
という名目で、私は仮設住宅の中で話を聞くことができました。

「息子は学校の先生をしているんですぅ」
「ほう、ほう」
「2番目の息子は商社マンで、アフリカに行っているんですぅ」
「それはスゴイ!」
どこのおばあさんも、する話は、ほぼ息子の自慢です。
軽く受け流すも、
おばあさんから、たいそう感謝されました。

それから数週間後、
アフリカのアルジェリアでテロ事件が発生し、
日本人商社マンが死亡するニュースが飛び込んできました。
「えーっ! まさか、おばあさんの息子では???」
私は、即、おばあさんに電話をしました。
おばあさんは、動転しているのか、話が要領を得ません。
飛んで行って、支えてあげたい!
しかし、そんな深い間柄にあるのだろうか、と考えたとき、
私の足は止まりました。

後日、もうひとりの息子さんから電話が入りました。
「取材攻めにあうと可哀想なので私の家に待避させました。
母が、『和尚さんがなぐさめに来てくれるから、
この仮設住宅を離れられない』と申しておりました。
お世話になりました」
、、、という内容でした。
津波でなにもかにも持っていかれ、テロで息子を殺害される。
なんという人生。
そして、私の「寄り添い」の中途半端さよ。

この十年間の傾聴活動ってなんだったのだろうか。
答えは出ない。
志津川湾が、ただただ美しかった。

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